ナイジェリアのラゴスへ出張

 私はマドリッドに赴任して前任者との引継ぎ期間のまだ早い段階、つまりマドリッドに来て間もない時でしたが、前任者から、「経験しておくといい」、といわれてバルセロナの電炉メーカーの担当者といっしょにナイジェリアの首都ラゴス(当時)へクレーム処理で出張しました。メーカーの担当者は欧州のどこかの国へ立ち寄ってからラゴスに入るということで、私たちはフランクフルト空港で落ち合い、そこからラゴスへ飛びました。
 私にとっては初めてのアフリカ、しかもハードシップが最高位の国への出張でした。ラゴス空港に着陸して建物に入ると黒山の人だかりそのもので、熱帯特有の蒸し暑さと悪臭がする中、入国審査の前で大勢の旅行者が塊りになっていました。いつ自分達の順番が来るのか想像もつかない状態でしたが、ラゴス事務所からの出迎えの人が手をまわしてくれていて早くできたというも結局1時間以上かかりようやく通過できました。こういう途上国の空港では、事務処理手続きが機能せず信じられないほどの時間がかかる上、袖の下が横行、特権階級の横暴などで混乱に拍車がかかり気の遠くなるほど長蛇の列となるのが常でした。列そのものも不確かでしたが。
 着任してすぐ、スペイン鉄鋼の輸出でトラブルが続きビジネスがストップしている状況と聞かされ、何とかビジネスを作って行かないといけないとの想いが強く、このときの出張目的がクレイム処理だったのですが、後ろ向きなことにはあまり気が回らない状態で、何のクレイムだったのかよく思い出せません。製品本体の問題でなく、パッキングか何か付随的なものだったように思いますが、いずれにせよ経験不足な私はすべてメーカーの担当者にお任せでついていくだけでした。
 ナイジェリアはアフリカで最も人口が多い国。ラゴスは当時800万人の大都市で、街中に入ると真っ黒な人たちがひしめき合うように通りに溢れていて、乱暴な車の運転音とクラクションの騒音が道路に響き渡り、膝から下がない不具者もよく目につきました。街はずれの殺風景な通りを車で行くと低い土塀の上に不規則に動くカラフルなトカゲを何度も見かけました。これがブラックアフリカなのだと実感しました。ナイジェリアはOPECメンバーの産油国ですが、人口が多いので国民は豊かさとは程遠く、軍事クーデターが繰り返し発生し、一部特権階級だけが富を独占しているような状態でした。このときから何年か後、この国にスペイン製鉄鋼半製品のビレットを1万トン輸出すことになるのですが、そのとき聞いた話で、ラゴス港から内陸部にある丸棒圧延工場まで運ばれる途中、トラックが故障して置き去りになったり、盗難にあったりで工場まで届くのは2割程度ということでした。まさに、想像を超えた世界でした。支店長は鉄鋼部門出身で面識がある人でしたが、この国で仕事をし、生活するのは本当にご苦労なことだと心から思いました。
 一応出張目的を果たし、3日間のラゴス滞在で帰国することになり、空港で出発を待っていたときのことでした。経験がなく何も知らない私は、カメラを取り出して風景の写真でも撮ろうと構えたところ、近くにいたフランス人にカメラを取り上げられました。空港は軍事機密地区になっていて、彼の友人が少し前に同じことをして逮捕され投獄されたと説明してくれたのです。平和な日本の感覚でいてはやっていけない外国生活の厳しさを思い知らされました。
 因みに、いっしょにラゴスへ行ったメーカーの担当者とはその後再び会うことがなかったのです。ラゴス出張から1年近く経ってリビア向けに大口商談が成立し、このバルセロナの電炉メーカーとも頻繁にコンタクトを持つことになったので、恐らくそのころまでに何らかの事情で会社を退職したのでしょう。ラゴスで見た、膝から下がない人たちが何人も通りを移動する姿、カラフルなトカゲ、そして空港での出来事は鮮明に記憶している一方、仕事がらみのことは正確には思い出せないのです。着任早々だったと言い訳してはいけないのですが、このときは出張していても観光旅行者の感覚だったのでした。

【ココの世界】


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