スペイン製鉄鋼半製品を日本へ輸出

 私がスペインに駐在していた頃の日本の鉄鋼業はまだまだ勢い盛んな状況で、スペインから日本へ鉄鋼を輸出するなど、今でもそうですが、考えられない時代でした。鉄鋼業には大きく分けて2種類あり、高炉と呼ばれる大規模設備で鉄鉱石から一貫して鉄鋼製品までを作る巨大企業の“高炉メーカー”と、鉄くず(スクラップ)を電気炉で再生して半製品のビレットを作り圧延設備で丸棒などの鉄鋼製品を作る“電炉メーカー”があります。電炉メーカーが作るのは鉄筋コンクリートに使われる丸棒など比較的簡単に作れる鉄鋼製品が主体で商品市況に大きく影響を受け経営基盤が不安定な業界でした。これ以外に、電気炉を持たず電炉メーカーなどから製造工程途上の半製品たるビレットを買い保有する圧延設備で丸棒などの製品を作る“圧延メーカー”、あるいは単に圧延設備だけを持つので“単圧メーカー”という比較的小規模なメーカーがあります。
 私たちのスペインでの取引先は電炉メーカーで、丸棒など電炉メーカーの製品は重量貨物でFreight(船運賃)が大きな比重を占め、日本や韓国メーカーと競争できる限界が遠くて中近東まででした。しかし、一時的に半製品のビレットがアジア地域で不足する状況が発生し、電気炉の生産能力に比較的余裕があった私たちの取引先2社のビレットを1万トン単位でマレーシア、シンガポール、香港、そしてついには日本まで輸出することに成功したのです。半年間で合計10万トン近くの大きな取引になりました。
 東南アジア向けには東京本店の鉄鋼部門も関係し、マレーシア、シンガポール、そして香港に各1万トン成約したあと、マレーシア向けに追加契約の可能性ありとのことで東京本店の担当課長からマレーシアへの出張要請を受け、ついでに東京にも来いとのことで、急遽、マレーシア→シンガポール→香港→東京へ出張することになりました。日本との取引は殆どなく、東京へ業務で出張できるなんて想像もしていなかったことです。マレーシアでは追加1万トンの契約が決まり、東京へは凱旋するような雰囲気でした。香港から東京へ向かう機内で大阪にも着陸することを知り、週末だったので、急遽、スチュワーデスに頼み行き先を大阪に変更、実家で土日を過ごせることになりました。何の連絡もしていなかったので家族は驚きましたが、こんなときでも市場へ行って一番高いステーキ肉を買い夕食を作ってあげる元気な私でした。東京では担当課長の大歓迎を受け、ディナーの刺身と寿司だけでなく、当時でも一人3万円は下らない六本木の高級クラブを指定して接待させるという勢いでした。
 日本の圧延メーカー向けにも数量を2万トンにしてFreight(船運賃)コストを引き下げることで成約、ビレット輸出が順調に拡大したのですが、思わぬ落とし穴がありました。マレーシアは半官半民の製鉄メーカー、シンガポールは国営製鉄、香港は民間の電炉メーカー、日本は圧延メーカーとそれぞれ異なる企業体であったのですが、香港以外のすべてから圧延すると先端が割れるとのクレーム(苦情)が発生しました。半製品というのは、自社内では共通の考え方でしかも特製を知って使用するので問題は起こりにくいのですが、他社の工場で使用する際はもともと問題が起きやすい商品だったのです。私は今度はクレーム対応のためバルセロナの電炉メーカーの工場長と半製品課長を連れ前回と同じルートで再度出張することになりました。マレーシアでは技術指導で来ていた日本の高炉メーカーの技術者が相手でしたが、シンガポールの国営製鉄では英語とスペイン語の間で専門技術用語を使った通訳をやってのけたのです。傍目にはちょっと凄いように見えますが、専門用語での通訳は実は簡単なのです。自分の得意分野での通訳ですから。
 そして、出張を通じてわかったことは、スペインではビレットの先端が割れるのは当たり前でそのため製造工程で充分余裕を持って先端を長くカットして再生用に捨てていたのですが、アジアでは発想に違いがあり、少しでも歩留まりを向上させるため先端をカットする装置がついていてもカットしないかできる限り短くカットするやり方だったのです。したがって、初めてで慣れない他メーカーの半製品を圧延するのにこれまでと同じやり方では先端が割れ製造工程で引っかかる事故が発生していたのです。そのことを説明して供給側に責任がないことを各社に一応納得してもらいましたが、日本の圧延メーカーだけは抵抗して何ヶ月も代金を支払わなかったため東京本社が本気で訴訟すると迫ってようやく代金を回収したようでした。
 それから数ヵ月後にこの圧延メーカーは倒産したので危機一髪でした。契約ができてからビレットが日本の工場へ届けられるまで何ヶ月もかかり、その間に市況が悪化したので、この圧延メーカーは大幅な値引きか引き取りの一部拒否を狙ったマーケット・クレイム、即ち、市況悪化が理由の不当なクレームだったのかも知れません。圧延メーカーなら普段から何社かの異なるビレットを買って製造していたので先端が割れる問題は初めからよく理解していた可能性があるからです。半製品のビレットが大量に不足するほど丸棒の需要が急増するのは異常事態、一種のミニバブルで、遠からずその反動がきて丸棒の需要が急減しビレットが余りだすという市況の変化を実体験で教えられる結果となりました。たまたま幸運にも、買手企業の倒産に巻き込まれ代金回収不能になることなく済みましたが、六本木の高級クラブなどで浮かれてばかりいては怪我をしかねないということでした。また、後から考えたことですが、香港からはなぜクレームがこなかったのか。香港の電炉メーカーは民間企業で常日ごろ生きるか死ぬかの厳しい経営環境にさらされ、他社のビレットを使用して問題が発生したとしても即座に自身で対応し解決していたのかも知れません。民間と国営の企業体質の違いがあったのでしょう。













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