マドリッドの南方70キロ、古都Toledo(トレード)へ


 土日をマドリッドで過ごすお客さんの接待では郊外の観光スポットへもよく車で案内しましたが、そのときの第一候補はなんと言ってもToledo(トレード)でした。
 ゲルマン民族の大移動でゴート族がイベリア半島に侵攻し西ゴート王国を建設、560年トレードを首都としました。711年イスラム支配下に入りましたが、1085年カスティージャ王国がトレードをイスラム勢力から奪還。Reconquista(レコンキスタ、国土回復運動)中のカスティージャ王国やそれを母体としたスペイン王国は定まった首都を持たずトレードは一時的な宮廷の所在地でした。1561年スペイン国王フェリーペ2世が宮廷をトレードからマドリッドへ移しマドリッドが首都として確定し、トレードは古都として政治的には衰退していきました。
 トレードは3方を切り立った絶壁のTajo(タホ)側にもぐるりと囲まれた城塞都市で、全体を一望するには、対岸の高台にあるParador(パラドール、国営の観光ホテル)から眺めるのが最高です。因みに、Tajo 川はTejo(テージュ)川となってポルトガルに入り、リスボンを河口として大西洋に注いでいます。私の場合、トレードへ入る前にいつもパラドールのカフェテラスへ行きトレードの街全体を一望してもらい、Catedral (カテドラル、大聖堂)、Alcázar(アルカサル、城壁のある宮殿)など主だった建物の位置を紹介しました。
 トレードの街の城壁の中には数々の歴史的建物があり、その殆どがカスティージャ王国支配後のキリスト教様式ですが、中にはイスラム建築様式を残すものがあり歴史を感じさせます。私は、通常、「カテドラル」、「アルカサル」、そして「エル・グレコの家」の3スポットを案内しました。
 カテドラルは1226年フェルナンド3世の命で建設が開始されましたが、カスティージャ王国イサベル女王がイスラム勢力最後の拠点グラナダを陥落してレコンキスタが完了した年の翌年1493年に完成、実に267年の年月がかかっています。どこの大聖堂もそうですが、時を越えて同じ方向に人心を熱中させ続ける宗教集団のパワーというか恐ろしささえ感じます。
 アルカサルはローマ時代に砦があった場所がアルフォンソ6世のとき王の住居として宮殿に建替えられ16世紀に現在の形になりましたが、スペイン内戦のときフランコ軍が立てこもり共和国政府軍の集中砲火をうけて大破したものが後に修復されたものです。真夏の40℃近い暑い日にこの建物の1階に入ると冷気を感じるほどであったのが印象的です。マドリッドやトレードなどスペイン内陸部の夏は非常に乾燥していて気温が上がり易いのですが、湿度が極めて低いので石造りの大きな建物の中は冷気を感じるほどなのです。モンスーン地帯日本の夏との違いです。
 ベニスの支配下にあったクレタ島生まれの有名なギリシア人宗教画家el Greco(エル・グレコ、1541−1614)は、イタリアでの活動時代にイタリア語のギリシア人、Grecoと呼ばれ、1576年ころトレードに来たときスペイン語の定冠詞el がついてel Grecoと呼ばれたようです(スペイン語ギリシア人はel griegoです)。因みに、本名はドメニコス・テオトコプーロスです。エル・グレコの家には、寝室などが再現されていて、「キリストと12使徒」、「聖ベルナルド・デ・シエナ」、「トレド景観」などの作品が展示されています。
 私はトレードでは昼食に庭園が美しいHotel del Cardenal(オテル・デル・カルデナール)のレストランをよく利用しました。先ず庭園を案内してからおもむろにレストランに入り、注文するメインディッシュは名物のCochinillo asado(コチニージョ・アサド、乳のみ豚の丸焼き)でした。カスティージャ地方の有名料理で、Segovia (セゴビア)、Madrid(マドリッド)、Toledo (トレード)の観光レストランでの名物料理となっています。カルデナールのレストランのオーブン(horno、オルノ)は、ヘミングウェイが愛用したマドリッドPlaza Mayor(プラサ・マジョール、マヨール広場)に隣接した伝統的な観光レストラン、Botín(ボティン)のオーブンを正確に真似て作られたものです。Botínは1725年設立でギネスブックに世界最古のレストランとして登録されています。Cochinilloは産まれて間もない乳のみ豚をオーブンで丸焼きしたもので、脂身が少なくて肉は柔らかくカリカリに焼かれた皮の部分が最高に美味です。夏場の暑い昼には、メインの前にGazpacho(ガスパチョ)という冷たい野菜スープがよく合いました。ガスパチョはオリジンがスペイン南部のアンダルシアで、より正確には、Gazpacho andalúz(ガスパチョ・アンダルス)と呼ばれ、パン、バージンオイルと酢と塩に、トマト、きゅうり、ピーマン、たまねぎ、にんにくなどの生野菜を加えミキサーなどを使って混ぜ合わせたもの。通常、食べるときにも小さくカットされた同じ種類の生野菜とクルトンが別々に小鉢で添えられ好みで追加できるので、肉料理の前には最適です。ピーマンやたまねぎは普通生のままでは食べにくのですがガスパッチョのねっとりとしたスープに入れるとうまく調和していくらでも食べられるのが不思議です。