日本からのお客さんを接待

 マドリッドの鉄鋼課では日本との取引は殆どなく、日本からのお客さんで直接仕事に関係する接待は少なかったのですが、仕事以外での接待のリクエストは結構頻繁にありました。リクエストがあれば平日、土日を問わず都合がつく限りすべて受けるのが基本でしたが、マドリッドと直接取引関係がないお客さんは通常欧州出張の機会を利用したスペイン観光が目的で、日本での取引関係を楯に威張るひとも稀にいましたが、普通は「お忙しいところお世話になり申し訳ありません」との姿勢のひとが殆どで、接待する側としても気楽なものでした。また、スペインやマドリッドの事情に関してはこちらの方が圧倒的に優位な立場なので、すべて初めて接する相手ですがどんなに社会的地位が上のひとでもお話をするのに、社会人講座の講師と生徒のような関係でいつも余裕をもって楽しく接することができました(ここには、気が弱くて対人関係にまったく自信がもてなかった高校生時代とは正反対の自分がいました)。
 マドリッドで接待するのに車は欠かせないものでした。当時、法律では飲酒運転は禁止されていましたが、「ワインは食事につきもので酒ではない」とのお国柄、飲酒運転の取締りはまったくありませんでした。ひどい例では、会社の同僚と飲みに行き散々飲んで夜中の2時か3時ころそれぞれ自分の車で帰るとき、私の場合5分もかからないところに住んでいて、酔っている自覚があるので時速10キロくらいの低速で周囲を良く見て安全に心がけ大丈夫だとの感覚を持って運転に注力しましたが、真っすぐ走らす積もりがどうしても左右に揺れるありさま。同僚はというと、同様に左右に揺れながら駐車している車のバンパーに軽く音を立てぶつけていました。そのとき、ちょうど市警=交通警官が真横で見ていましたがそのまま見送り、なんのお咎めもなかったのです。スペインでは路上の一列駐車のとき前後の車のバンパーに押し付けながら割り込ませるように駐車するのが普通とはいえ、それにしても酒酔い運転は明白なのに。
ディナーの接待だと、通常、自分の車でお客さんのホテルまで迎えに行き(時には空港出迎えも)、お客さんを乗せてレストランへ行きます。このとき、一流ホテルでは車を玄関近くに適当に止めてもホテルのportero(ポルテロ、玄関番)にキーを預けておけば二重駐車などの番をしてくれました。素晴らしく便利だったのは、レストランで、一定のクラス以上ですが、玄関に車をつけそのまま降りてレストランのporteroにキーを渡せば適当に駐車をしておいてくれ、帰りは玄関で叫ぶと車を持ってきてくれる最高のサービスがありました。私もお客さんといっしょに食事をしてビールや赤ワインを飲み、時にはpacharán(パチャラン、ナバラ産のリキュール)や licor de manzana(リコール・デ・マンサナ、林檎のリキュール)など食後酒も飲み、そして車を運転してお客さんをホテルへ送り届けるか、次のtablao de flamenco(タブラオ・デ・フラメンコ、フラメンコショー劇場)へ行くのでした。ただし、このときは決して飲みすぎることはなく限度をわきまえてはいましたが。また、V.I.P.が相手の場合はハイヤーを利用しました。因みに、現在の状況を聞くと、飲酒運転は厳しく取り締まられているようです。過去のよき時代だと思ってはいけないのでしょうね。
 接待の内容は、平日だとディナーだけとか、重要度によりフラメンコをつけるケース、土日だとMuseo del Prado(ムセオ・デル・プラドプラド美術館)、あるいはマドリッド郊外にあるいくつかの名所、例えば、マドリッド南南西70キロの古都Toledo(トレド)、北西80キロにあるローマの水道橋で有名なSegovia(セゴビア)などをセットしてランチとディナーを招待するのが一般的なコースでした。
 レストランは、マドリッドではなんといっても海産物(mariscos、マリスコス)。海産物レストランは決して格式は最高級ではないのですが、海老・蟹、貝など新鮮さが勝負の高級食材が中心なので注文の仕方で最高格式のレストランより高くつくのが普通でした。私がよく利用した海産物レストランに旧市街のKorynto(コリント)というところがありました。3人程度でも空いていれば8人用の別室を予約し、下欄[注文例]のようなものをよく注文しました。それぞれ量は少なめでたくさんのものを味わってもらいました。
 私が住んでいたpiso(ピソ、マンションのフラット)の斜め前の地階に有名なフラメンコ劇場がありましたが、私のお気に入りは、私たちが住む新市街からは少し遠い、Palacio real(パラシオ・レアル、王宮)横のel Coral de la Morería(エル・コラール・デ・ラ・モレリア)で、夜中の零時半を過ぎたころから登場するBlanca del Reyというダンサーの踊りが迫力があって当時最高でした。フラメンコは、通常、男性のフラメンコギター、男性歌手そして女性ダンサーで構成されていて、好きな人にはそれぞれが味のあるものでした。しかし、外国人にとってスペインの観光名物といえば闘牛とフラメンコですが、スペイン人一般にとっては、この二つは外国からの観光客用で、ほんの一部のスペイン人愛好家を除き、興味のないものでした。会社のスペイン人スタッフは、業務上日本からのお客さんの接待もする一部のスタッフを除き、闘牛とフラメンコは行ったことがないひとたちばかりでした。スペイン人が一番熱狂するのはサッカーです。
[海産物レストランでの注文例]
− Tio Pepe seco o Amontillado,  ティオ・ペペ・セコまたはアモンティジャード
cerveza, vino tinto de la casa  セルベサ、ビノ・ティント・デ・ラ・カサ
   ドライシェリーまたは濃色で少し甘いアモンティジャード、ビール、ハウス赤ワイン
− Jamón ibérico de Bellota (de Jabugo) ハモン・イベリコ・デ・ベジョータ
   (ハブゴ産の)イベリコ豚の生ハム最高級品
− Percebes ペルセーベス
   爪形の貝(塩茹で)
− Gambas al ajillo ガンバス・アル・アヒージョ
   芝海老のにんにくと唐辛子オリーブ油炒め
− Pulpo gallego プルポ・ガジェーゴ
   ガリシア風茹で蛸のパプリカとオリーブ油かけ
− Almejas al vapor con limón アルメハス・アルバポール
o Almejas a la marinera またはアルメハス・ア・ラ・マリネラ
   蒸し浅利レモン添え、または漁師風浅利煮   
− Angulas a la bilbaina アングラス・ア・アラ・ビルバイナ
   ビルバオ風鰻の稚魚のにんにく、唐辛子オリーブ油炒め
− Ensalada de lechuga y tomate エンサラダ・デ・レチュガ・イ・トマテ
   レタスとトマトのシンプルなサラダ
− Cigalas a la plancha シガーラス・ア・ラ・プランチャ
o Langosta a la plancha またはランゴスタ・ア・ラ・プランチャ
   手長海老の鉄板焼き(大きめのもの、二つに開いてにんにくとオリーブ油炒め)
   または伊勢海老の鉄板焼き(二つに開いてにんにくとオリーブ油炒め)
− Centollo cocido セントージョ・コシド
   大蟹の塩茹で
− Fruta del tiempo (Melón, Fresa, Cereza, Chirimoya etc.)
   季節のフルーツ(メロン、山苺、さくらんぼ、チリモジャなど)
− Cuajada クアハダ
   羊のミルクで作ったヨーグルト、蜂蜜をいれて食べる。
− Café カフェ
   エスプレッソコーヒー
− Pachalán o Lepanto (coñac español) パチャランまたはレパント
   ナバラ産地酒リキュール、またはレパント(スペイン産コニャック)