R.A.C.E.のゴルフ場レストラン

 R.A.C.E.(ラセ)とはReal Automóvil Club de España(レアル・アウトモビル・クルブ・デ・エスパニャ、スペイン王立自動車倶楽部)の略称で、マドリッドの新市街を南北に貫くマドリッド最大の並木道Paseo de la Castellana(パセオ・デ・ラ・カステジャーナ)をそのまままっすぐ北へ抜けるとブルゴス街道という無料の自動車道に入り、会社から30〜40分で左手にあるR.A.C.E.に行くことができました。ここはゴルフ場とF1サーキット施設があるところで、私は有能なスペイン人スタッフのJosé(ホセ)と、仕事上のトラブルが解決したときなどに時々、ゴルフ場内のレストランへ行きました。このレストランはいつも落ち着いた雰囲気で、3〜4時間かけるのが常でした。一応、業務打ち合わせです。
 José(ホセ)はマドリッド大学の工学部卒で土木専攻ですが、卒業時建設不況で専門分野へ進めず日本商社の現地社員になったようです。前任者のとき入社し、すぐに有能さを発揮して大きく育ちました。私は有能に育ったスタッフを引き継いだのでスタートから楽でした。年齢が近いので上司と部下ではなく友達のような関係、と言うより、リスクが大きい諸国への輸出が中心で常に問題やトラブル発生とその解決の繰り返しで戦友のような関係となり、日本人も含め誰よりも信頼し合える間柄となりました。ですから、彼と二人でレストランへ行ったときはいつも話が尽きず楽しくて時間がたつのを忘れるのでした。
 貿易取引では、信頼できない相手とは商売しないのですが、外貨事情に問題がある国も多く、相手に支払う気があっても制度上支払えなくなったり支払いが大幅に遅れたりすることがあり、また、その間に商品相場が大きく変動すると契約で決めた価格では大損または倒産さえしかねない状況になる場合、普通ならまともな相手でも契約履行できないあるいはしない場合もあります。したがって、中近東やアフリカ諸国との取引では欧米の有力な銀行が支払いを保証するシステム、即ち、L/C(Letter of Credit、信用状)を入手してから商品の船積み、あるいは生産を開始することになります。
 例えば、リビアの公団に対する丸棒10万トンの契約は、金額でざっと25百万ドル(当時約50億円)のL/Cが銀行から開設される必要がありましたが、相手がリビア政府ですから基本的な信頼はあるものの、信じられないことですが、リビアの国営銀行でL/Cのタイプを打つ女性が一人しかおらず、現地店経由何度も催促しますが数ヶ月かかるのが常でした。リビアは当時慢性的な外貨不足で敢えて一人しか置いていなかったと思われます。10万トンのような大きな数量ですと船積みがスタートしても完了まで数ヶ月かかり、一方、我々はメーカー3社から買う予定(条件付契約状態)でしたが生産にも数ヶ月かかるもので、契約からL/C入手までに商品相場が下がればいいけれど大きく上がるリスクもあり、間に入った商社としてはメーカーの大きな協力がなければ契約履行はできません。ここは厄介な問題で、商品相場が大きく上がれば、メーカーとしても原料の鉄スクラップ価格も大きく上がるので程度を越すと耐えられないくらいの大損害が出ることになります。だからと言って、リビアのような国は、「そちらの都合でL/Cが遅れ、その間に相場が上がったから価格を上げてくれ」、とある意味では当たり前のことを言っても容易に通用する相手ではありません。メーカー3社との契約数量は各社の月間生産数量の1〜1.5ヶ月分に相当する大きなもので、基本的には価格上昇が何とか持ちこたえられる範囲内であれば協力してもらうとの認識ですが、もし、耐えられない程度まで上昇していたら、我々としても開き直ってリビア側に泣きつき、価格引き上げをL/Cで確認できるまでは船積みできないとして交渉せざるを得ない状況になっていたでしょう。この契約では3社の中でよりスマートだったel Ferrolのメーカーがどうしても待てないと言うので、L/C入手前にやむなく契約の半分近い数量の1万トン以上の代金を先行して支払いメーカー工場内に現物を在庫しました。1万トンの現物は工場の空スペースの至るところに所狭しと積み上げられ、実際に目にすると恐ろしくなるほどでしたが、我々は当時リビアは遅くなっても必ずL/Cを開設すると信じていました。
 日本の商社は、通常、日本メーカーとの永年の深い関係から中近東やアフリカの難しい客先に対しても輸出取引を行ってきましたが、我々はJoséがいたからスペインメーカーとの間で日本メーカー以上の関係を作り上げ難しい市場を相手に輸出を実行できたのです。「We are on the same boat = Estamos en el mismo barco = 我々は同じ船に乗っている」、と言い合える関係ができていないとこのような取引には入れません。「そんな難しい市場でなくどうして欧州向けを手がけないのか」、と疑問を持たれるかも知れませんが、欧州間の取引に我々日本の商社が入り込む余地がなかったのです。
 
 R.A.C.E.(ラセ)のゴルフ場には乗馬場、テニスコート、プール、ジム、サッカー場、ホッケー場、バスケットコートなどが併設されていて、何よりもいいのは子供たちを預かってくれる立派な施設があることです。つまり家庭重視のスペインらしく家族全員が一日遊べる施設なのです。私はゴルフは付き合い程度、Joséはできないので、二人でこの中の打ちっぱなしで練習をしたことがありますがコースに出たことはなく、たいていレストランで食事、というよりも、jamón ibérico(ハモン・イベリコ、イベリコ豚の生ハム)やqueso manchego(ケソ・マンチェゴ、マンチェゴチーズ)などの前菜と生ビールで際限のない話が始まるのでした。
[El queso Manchego]
 El queso manchego(マンチェゴチーズ)は、スペインの代表的なチーズの一つで、ラ・マンチャの男ドン・キホーテや風車で有名なマドリッド南方に広がる乾燥した気候のla Mancha(ラ・マンチャ)地方の特産品。2000年以上の歴史を持ち、マンチェゴ種の羊のミルクから60日以上の熟成期間をおいて作られるこのチーズは、一度食べると病みつきになり、日本からスペインへ旅行したときは必ず買って帰る一品です。