Club financiero(クルブ・フィナンシエロ)でのビジネスランチ

 マドリッドの中心部、Plaza de Colón(プラサ・デ・コロン、コロンブス広場)の近くにClub financieroという会員制の高級レストランがあり、国営製鉄や国営アルミ会社の輸出マネジャーなど付き合いが浅くて少し気を遣うエリートを接待するときなどによく利用しました。こういう人たちはたいてい忙しい振りをしてもっともな言い訳を口にしながら約束時間の15分から30分くらいは遅れてくるのが通例で、おそらくそのためと思われますが、このクラスのレストランには立派なソファーの応接セットが何組も配備された広いカウンターバーがあり、私たち接待側は一応時間通りに着いてカウンターバーのソファーに座りビールやシェリーなどのaperitivos(食前酒)を飲み始めます。
 相手側が到着して食前酒が配られ歓談が始まりますが、この場では商談は御法度で政治経済など少し高尚な話題が一般的です。人数が揃ってから30分くらい経つとcamarero(カマレロ、ウエイター)がおもむろに、「準備ができましたので食堂のほうへいつでもどうぞ。」、と声をかけにきます。これが第一部で約1時間、適当なタイミングに食堂へ移動します。もちろん、飲みかけの食前酒はカマレロが食堂のテーブルに運びます。因みに、スペインでは昼食は午後2時スタートが一般的です。したがってビジネスランチのアポも通常2時頃となります。相手が出張で地方からでてきてマドリッドに宿泊しているケース以外夜の接待はありません。夜は家族と過ごす時間ということになっています。
 第二部は約1時間かけて食事をとります。スペインの高級レストランのメニューには、日本で馴染みあるスペイン料理は殆どなく、スペインにあるフレンチレストランといった感じです。ですから、日本人のお客さんの接待には高級レストランは殆ど利用せず、海産物レストランが中心で、それ以外はcochinillo asado(コチニージョ・アサド、乳のみ豚の丸焼き)などスペイン風の特色ある観光レストラン、または日本レストランでした。高級レストランより格式は下でも海産物レストランの方が海老、蟹、貝などの高級食材をたくさん注文するので高くつくのが普通でした。
 さて、Camarero(カマレロ、ウエイター)が注文を聞きに来ると、相手側が先に、各人がそれぞれメニューをみて注文しますが、通常、みなさんビジネスランチは食べ飽きているので(あるいはその振りをして)、「No tengo mucho apetito. あまり食欲がない」、などと言いながらせいぜい前菜1品とメインの魚か肉料理どちらか1品だけを注文します。ウエイターに勧められるとスープかサラダをプラスすることもあります。ワインは接待側が一応相手側の好みや希望を確認しますが自分の好みで適当な“赤”ワインを注文します。接待で少し高級な赤ワインを注文すると、かっこいい4L級の大きなワイングラスでサーブしてくれます。この場では身近な話題もOKですが商談はまだ御法度です。
 第三部は、食事が終わり料理の皿が下げられて各自がpostre(ポストゥレ、デザート)とcafé(カフェ、コーヒー)を注文するときから始まります。スペイン人は男性でも殆ど例外なく甘いものが好きで普通ケーキ類など甘いデザートを注文します。中には、日本人には違和感がある塩のききすぎたチーズを注文する人もいますが。スペインではコーヒー(café)はすべていわゆるエスプレッソです。生クリームやミルクは入れず大量の砂糖を入れて飲むのが通例です。甘いデザートだと砂糖なしのコーヒーの方が合うと思うのですが。コーヒーがテーブルに載るころウエイターがlicor(リコール、食後酒/リキュール)とpuro(プロ、葉巻)の注文をとりにきます。食後酒にはcoñac(コニャック)やlicor de manzana(リコール・デ・マンサナ、りんごのリキュール)などいろいろな種類のリキュールがあります。そして、コーヒーを飲みだすころになっておもむろに商談が始まります。商談が簡単にまとまれば、あるいは相手にその気がなくてお開きとなれば第三部は約一時間で終わりますが、これでも合計3時間です。商談が長引くと4時間、つまり、午後2時に始まったランチが夕方6時ころまでかかることになります。
 こういうビジネスランチは少し疲れましたが、気心が知れた丸棒メーカーの人たちとの食事は、こちらから工場へ行く機会が多くご馳走になるケースが殆どとはいえ、実に楽しいものでした。なかなか開かない扉を何とかやっとこじ開け親しくなれた人たちですから。